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くらしの中の化学物質――環境汚染リスク削減のために

化学物質リスク研究会報告書

1 現代社会と化学物質のリスク

1) はんらんする化学物質――便利さの代償としてのリスク

現代社会は、化学物質汚染をどのように解消するかという重大な課題に直面しています。

現代社会は、化学物質なしでは考えられません。20世紀の後半、これまでに開発され、現在、商品として市場に出まわっている化学物質は8万種とも、10万種とも言われています。しかも、それはいまも増え続けています。

また、それらは大量に生産され、消費され、かつ廃棄物として環境に放出されています。これらの化学物質が、わたしたちの暮らしに「便利さ」や「快適さ」をもたらした反面、さまざまな化学物質による環境汚染が未曾有の規模で広がったのです。

たしかに、残留性有機汚染物質(POPs)を規制するためのストックホルム条約の締結、環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)制度の運用など、化学物質にたいする社会的管理の取り組みが着手されてはいますが、ダイオキシン問題や環境ホルモン問題などをみても、問題はさらに深刻化しているのではないでしょうか。

2) リスクとは――[ハザード(毒性)×暴露量](危険度)

 このようななかで、化学物質による環境汚染の問題について「リスク」という概念を使って論ずる機会が目立っています。

 化学物質による「リスク」とは、化学物質が人間の健康や生態系に悪い影響を及ぼすおそれ、危険度のことをいいます。その度合いは、対象となる化学物質のもっている毒性の程度と、どれだけの量が放出され、どれだけ人体などに取りこまれたかということによって決まります。

 したがって、毒性の強いものであれば、ごく微量でも影響が出ます。逆に、毒性が弱いものであっても、長期間、多量に摂取したり、吸入することになれば、やはり影響が出ると考えなければなりません。

 リスクは、とくに発がん性などの場合には、障害が発生する確率の大きさを表すことに留意する必要があります。そして生涯発がん率を100万分の1(実質安全レベル)まで引き下げることがリスク削減の望ましい目標とされています。

いずれにせよ、現代社会に生きる私たちは、このような化学物質のリスクを少しでも削減するようにつとめなければなりません。

3) さまざまな毒性

化学物質の毒性に関しては、一般毒性(急性・慢性)に加えて発がん性、変異原性、生殖毒性、発生毒性、免疫毒性、行動毒性、内分泌かく乱性など、特殊毒性といわれるものが注目されるようになりました。

 これらの特殊毒性が重視されねばならないのは、回復不能の不可逆的な障害(とくに次世代への影響)が多く含まれることと、極微量でも発現するケースが多いことに由来します。

 さらに自然界の生物等への影響について考える生態毒性への配慮が必要なことも強調されはじめています。

 

2 ダイオキシン問題

1)ダイオキシンとは

環境を汚染する化学物質のなかで最も代表的なものがダイオキシンです。ダイオキシンは、以前にはPCDD(ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン)とPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)のことを意味してきましたが、最近ではコプラナーPCB(ポリ塩化ビフェニール)をも加えて「ダイオキシン類」とされるようになりました。

 ダイオキシン類は、基本的に二つのベンゼン環が結合したものに塩素が付着したものですが、塩素がどこに付着するかによって性質を異にしています(PCDDは75種類、PCDFは135種類、コプラナーPCBは十数種類あるとされる)。したがって、最も毒性が強いとされる2,3,7,8-TCDD(略称TCDD)の毒性を基準にしてそれぞれの毒性が評価され、これを用いてダイオキシンの量がTCDD毒性等量(TEQ)として表されています。

2) ダイオキシンの毒性

 ダイオキシン、とくにTCDDは致死毒性が人工化学物質の中でもっとも強いものですが、そのほかに発がん性、催奇形性(発生毒性の一部)、生殖毒性、免疫毒性、行動毒性、内分泌かく乱性などもかなりの微量で現れることが動物実験などによって知られています。とくに、わずか5pptを含む飼料の投与でアカゲザルの子宮内膜症が大幅に増加し、新生仔の認識能力が低下したことが確認されています。

3) 食品とダイオキシン

 ダイオキシンはおもに廃棄物の焼却炉でポリ塩化ビニルなどから生成し、煙や灰にまじって大気中に排出されたのち、地上に降下して水、土壌、さらに魚などを汚染します。魚の汚染は1ppt前後(多いものでは数ppt)におよんでいますが、他の食品の汚染はこれの3分の1以下です。

 わが国では人体へのダイオキシンの取りこみの約70%は魚介類からのものであり、全体で1日あたりの摂取量は2-3pg/kg(体重)に達しています。これはわが国のTDI値よりは低いものの、WHOが望ましいと考えるTDI基準(1pg)よりは高いのが問題です。また、アメリカの環境保護庁の実質安全レベル(0.002pg)と比べると1000倍以上であり、生涯発がんリスクが1000分の1より大きいことを示しています。

4)ごみとダイオキシン

 わが国では、ダイオキシン類の排出量のうち、特にPCDD及びPCDFについては、その約9割が身のまわりのごみや産業廃棄物の焼却によって発生していると推定されています。

したがって、ダイオキシンのリスクを削減するためには、大気汚染防止法や廃棄物処理法をも適切に活用しながら、ごみの発生抑制(とくに焼却量の削減)、適正処理(焼却時のダイオキシンの排出抑制)などのとりくみが推進されねばなりません。

 

3 環境ホルモンについて

1) 環境ホルモンとは

『奪われし未来』などでとりあげられて以来、環境ホルモンの問題は、環境汚染によるリスクを考えるときに避けてとおれない問題になりました。

環境ホルモンとは、「外因性内分泌かく乱化学物質」といわれるように、人間が外部から摂取するもので、内分泌のはたらきをかく乱し、それを通じて健康障害をもたらす化学物質のことです。この問題は、これまでは科学的に未知の領域にあったものですが、最近、急ピッチで研究がすすめられ、次第にその内容が明らかにされてきました。

2) 環境ホルモンによる健康障害の特徴

環境ホルモンの作用メカニズムについては、多くの場合に本来正常ホルモンが結合すべきレセプターに環境ホルモンが結合することによって遺伝子のはたらきが異常なものになってしまうという観点から研究がすすめられています。環境ホルモンのはたらきをもつとされる化学物質は、その化学構造やはたらきがエストロゲン(女性ホルモン)によく似ていることから注目されているものが多いのですが、最近ではアンドロゲン(男性ホルモン)やチロキシン(甲状腺ホルモン)のはたらきをかく乱するものについても研究が活発になってきました。

環境ホルモンによる健康障害は、各種の動物実験の結果から、生殖毒性、発生毒性、免疫毒性、行動毒性、発がん性などの多様なかたちで現れることが明らかにされていますが、とくに微量の投与によって障害が生ずるケースが多いのが特徴です。

3) くらしの中の環境ホルモン

 このような環境ホルモンのはたらきをもつのではないかとされる化学物質は、これまでにいくつかの研究機関によって報告され、その数は少なくとも70種におよんでいます。それらには、くらしの中で使用されているものも少なくありません。たとえば、ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂に含まれるビスフェノールA、発泡スチロール等に含まれるスチレン関連物質、おもちゃ・日用品をはじめとする多くのプラスチック製品の可塑剤として使用されているフタル酸エステルなどが問題視されています。それらが食器や包装容器から食品中に溶出してくるからです。

 また、環境ホルモンの多くが殺虫剤、除草剤などの農薬であり、環境に大量に散布されていることも注意したいことです。

 最近人尿から女性ホルモンのエストラジオール、エチニルエストラジオールが検出されている問題については、ホルモン剤や避妊薬との関連があるのではないかとされています。

4) 野生生物と人間の発生・生殖異常

 前記の動物実験で見られるのと類似した健康障害(妊娠率とふ化率の低下、生殖行動異常、精巣下降不全、オスのメス化など)が、近年、野生生物についても広く観察されており、多くが環境ホルモン汚染に由来すると推測されています。

また、同様の発生・生殖異常、たとえば精子の減少、尿道下裂、精巣がん、乳がんなどの増加が人間の健康障害の事例として報告されており、やはり環境ホルモンとの関係が疑われています。

5) 予防原則からの対処を

 以上のように、まだまだ未解明のことが多く含まれる問題であるとはいえ、回復不能の不可逆的な影響が出る心配があること、とくに世代を超えて問題が顕在化するおそれがあることから、予防原則にもとづいてリスクを大幅に削減する努力が望まれます。

 

4 飲み水の安全性について

1) 水道水源の汚染の防止

 わが国の水道水源は河川水とダムが約60%、地下水が約30%を占めています。したがって、河川と地下水の化学物質汚染を防止することが飲料水(水道水)の安全を確保するためにもっとも重要です。そして、そのためには何よりも水質環境基準の対象物質の大幅拡大と基準値の強化が必要です。また、それにもとづいて事業所からの排水基準も同様に厳しく強化されねばなりません。ゴルフ場からの農薬の排出についても同様です。

2) 地下水汚染の浄化

 わが国の水道水源汚染のうちで、最近10数年間に明らかにされてきた地下水汚染の問題は深刻です。地下水は、わが国では約3000万人が飲料水として利用していますが、これまでにのべ3000件以上の汚染(そのうちおよそ7割が水質環境基準をこえる事例)がすべての都道府県にわたって見いだされています。

 汚染物質は工場・事業所でかつて洗浄剤・溶剤として用いられたトリクロロエチレンとテトラクロロエチレン(ともに発がん物質)が圧倒的に多いのですが、他の有機物質や重金属も見られます。対策としてはこんごの汚染の防止だけでなく、検出された汚染物質を除去する浄化作業が急務です。

3) 浄水処理の適正化

 水道水については、水質環境基準とは別に、水道法のもとで水道水質基準が設定され、それにもとづき監視されています。その内容は細菌とトリハロメタンの追加以外は環境基準とほぼ同じです。したがって、これを強化する課題は前述したとおりです。

現在、厚生科学審議会生活環境水道部会では、水道水質基準のあり方が検討されていますが、その背景としては①従来のトリハロメタンに加え臭素酸、ハロゲン化酢酸など新たな消毒副生成物の問題、②病原性原虫クリプトスポリジウムによる感染症の問題、③環境ホルモンやダイオキシンなどの問題、④WHO(世界保健機関)の飲料水水質ガイドラインの改定(10年ぶり)という問題があるようです。

 審議会の答申後、基準改正にむかうことになりますが、水質検査レベルがより高度化することにともない、自治体での検査が困難になり、民間委託にむかうことも予想されるといわれています。

 こんごは水質基準に適合するための浄水処理の高度化、適正化がいっそう追求されねばなりません。とくにトリハロメタン含量の低減化は依然として大きな課題です。

4)水道管の鉛対策について

 現在、水道管はポリ塩化ビニルになった地域が多いのですが、なお一部地域では鉛管が使用されています。この鉛管が老朽化した地域では、鉛の溶出という問題が指摘されています。

 2003年4月から基準値がようやく0.05mg/Lから環境基準と同じ0.01mg/Lに強化されたのにともない、こんご新基準のもとでの厳しい監視が望まれます。しかし、地域によっては、朝一番の滞留水では基準をクリアできないこともあるといわれており、注意が必要です。

 

5 シックハウス症候群について

1) シックハウス症候群とは

「シックハウス症候群」とは、室内の空気が汚染されることが原因で、「目がチカチカする」「頭痛」「耳なり」「めまい」「のどの痛み」「皮膚炎」「動悸・不整脈」など、そこに住んでいる人に何らかの症状が表れる健康障害のことです。近年、住宅の気密性が高くなるとともに、化学物質を含む新しい建材が多用されることに起因する場合が多く、「新築病」「リフォーム病」といわれることもあります。

2) 室内空気の汚染物質

原因となる化学物質はホルムアルデヒドと数百種におよぶ揮発性有機化合物(VOC=Volatile Organic Compounds)ですが、このうちわが国で、現在、室内濃度指針値が設定されているのは、ホルムアルデヒド(発がん物質)、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼン(発がん物質)、エチルベンゼン、スチレン(発がん物質)、クロルピリホス、フタル酸ジ(2―エチルヘキシル)(環境ホルモン)、ダイアジノンなどの13種のみです。

これらの化学物質は、建材やクロスに使用されている接着剤、塗料の溶剤、タンスなどの化粧板、シロアリやダニの駆除剤、消臭剤や芳香剤、化粧品等に含まれており、揮発して室内の空気を汚染しています。

たとえばホルムアルデヒドは、わが国の多くの住宅では20-60μg/m3含まれていますが、この濃度の生涯発がんリスクは2000分の1(実質安全レベルの500倍)前後であり、きわめて深刻な事態です。なお、この物質の前記の指針値は0.08ppm=100μg/m3であり、まったく甘すぎる規制です。

3) 予防と対策

 このように、室内濃度指針値の現状は、対象物質が少なすぎるのに加えて規制値が甘すぎるので、抜本的な強化が必要です。そして厳しくされた基準が守られるように、建材、塗料、シロアリ駆除剤などの成分や使用方法の規制も強化されねばなりません。

わたしたちがくらしの中でできる対策としては、体調がおかしくなったきっかけを調べたり、特に刺激を感じる場所を探し、発生源を除去することが一番ですが、発生源が特定できないこともあり、まずは換気をよくすることがもっとも手軽にできる対策でしょう。

自治体では、保健所が相談窓口になり、簡易測定、あるいは本格的な測定のための検査機関の紹介もしています。症状が複雑な場合や、なかなか快方にむかわない場合は、医師による診断をうけ、必要な治療をうけることも必要になります。

 

6 20世紀の教訓に学ぶ

1) 20世紀は「科学技術の世紀」であった

 21世紀をむかえるにあたり、20世紀がいかなる世紀であったのかということが問われ、「科学技術の世紀」であったという評価が多くの識者によって行なわれました。

たしかに科学技術は、20世紀を通じてめざましく発展しました。とりわけ相次いで繰り広げられた世界的な規模での戦争が、分野によっては著しく科学技術を進歩させたといえます。化学の進歩も、原子力開発とならび急速に進んだ科学技術でした。それはくらしを「便利」で「快適」なものにし、社会を大きく作り変えてきたといってよいでしょう。

しかしながら、それは、他方では環境の汚染と破壊という新たな問題をひき起こしてきたのです。すなわち、コストの切り下げを意図して環境保全や安全性が十分にチェックされずに「便利さ」のみを売りものにした商品が大量に市場に出まわり、使用後も、廃棄物がもっとも安上がりの策として無制限に環境へ放出されたのです。

2) その具体的事例として

 20世紀をふりかえるとき、開発された当初は賞賛されながら、短時日のうちに予期しなかったような問題点がみつかり、やがて使用が規制・禁止されていった化学物質の事例をいくつもあげることができます。

「奇跡の化学物質」として迎えられ、その開発者はノーベル賞まで受賞した殺虫剤DDTは、レイチェル・カーソンが著書『沈黙の春』でその毒性の重大性について警告したのを機に使用禁止にむかうことになりました。ただし、当初はDDTメーカーは規制に猛烈に反対しました。

その性質がきわめて安定していることから絶縁体として重宝がられたPCBは、カネミ油症事件という不幸な出来事と環境汚染の予想以上の広がりを通じて、生物に重大な影響を及ぼすことになるとして使用規制にむかいました。  

「安全で効率のよい冷媒」として使用されたフロンは、オゾン層を破壊することがわかり、地球環境を守るという視点から、やはり使用規制にむかいました。この時にも、わが国の関連業界は規制に執拗に反対しました。

いずれも教訓的なものですが、いま私たちが直面しているダイオキシンや環境ホルモンの問題も、まさにこれらの問題が集約的にあらわれたものだといってよいのではないでしょうか。

3) 21世紀を「環境の世紀」へ

私たちは、このような20世紀の教訓に学び、21世紀を「環境の世紀」にしなければなりません。見せかけだけの「豊かさ」と「便利さ」に彩られた大量生産・大量消費・大量廃棄の利潤本位の経済システムを解消し、自然との共生、永続可能な循環型社会の形成へむかって、地球的規模での抜本的な改革をすすめなければならないのです。

7 化学物質リスク削減のために

1)安全評価基準の見直し・整備

 化学物質の安全性を評価する基準の見直し・整備が急務です。すなわち、評価対象物質を大幅に増加し、基準値を強化することが必要です。また、こんごはとくに化学物質への感受性が高い胎児や乳幼児の安全を確保するという視点が大切でしょう。

2) リスク情報の公開

 消費者・市民が商品を手にしたとき、どのような化学物質がその商品に使用されているのか、それはどのようなリスクをもつものなのかがよくわかるように、化学物質の表示制度の開発・充実がもとめられます。

3) RTR情報の活用

 環境汚染物質排出・移動登録(PRTR=Pollutants Release and Transfer Register)制度がとりいれられたことにより、どのような化学物質がどれだけ使用され、環境に放出されているのかを知ることができるようになりました。この情報を消費者・市民として読み込み、活用していくことが必要になっています。

4) リスクコミュニケーションの重視

 国や行政関係者、化学物質関連企業、NGO・市民団体、消費者・市民など、社会全体が化学物質にともなうリスク情報を共有し、対話や意見交換の機会を重視し、それぞれがリスク削減のために努力しあうことが必要になります。

5) ストックホルム条約の履行と拡充

 国際的には有害化学物質を共同で監視していくためにとりあえず残留性有機汚染物質(POPs=Persistent Organic Pollutants)規制条約(ストックホルム条約)が結ばれています。わが国もこの条約に加わり、現在、そのための国内対策を準備していますが、使用禁止になったDDTやPCBの回収・無害化処理を進めるとともに、条約の対象物質を大幅に広げることが急務であるといわねばなりません。

 

<ワンポイント解説>

さまざまな毒性

★発がん性 腫瘍を生み出し、悪質な細胞増殖をひき起こす作用

★変異原性 遺伝子に損傷をもたらし、突然変異をひき起こす作用

★生殖毒性 妊娠率の低下や不妊を生み出す作用

★発生毒性 胎児や子どもに奇形などの特有の障害をおよぼす作用

★免疫毒性 病原菌・ウイルスの感染率の増大などをもたらす作用

★行動毒性 学習能力や運動能力に悪影響をおよぼす作用

★内分泌かく乱性 ホルモンのはたらきに悪影響をおよぼす作用

ダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)

ヒトが一生涯にわたり摂取しても健康に有害な影響が現れないと判断される一日あたり、かつ

体重1kgあたりの摂取量。WHOは、これを1-4pgに設定しているが、ドイツやオランダはもっとも厳しい基準(1pg)を目標にしている。一方、わが国の基準は4pgとされている。これはアカゲザルに対する影響についてのデータを無視して設定されたものである。

予防原則

予防原則は、1992年の国連環境開発会議で採択された「リオ宣言」の原則15に明記されており、この時点で国際的に確立したといわれている。たとえば、ある化学物質が環境や人に重大な有害性や不可逆的な有害性を及ぼす可能性が認められるときに、ある程度の不確実性要素があり、科学的に因果関係が十分に解明されていなくても規制した方がよいと判断される。これが「予防原則」に基づいた規則である。

鉛の毒性と体内レベル

鉛は神経渉外、腎臓障害、血圧上昇、貧血、精巣・卵巣異常、発がん性などの多様な毒性をしめす。とくに10μg/デシリットルの低い血中濃度で子どもの中枢神経に作用し、学習能力の低下、聴覚障害、行動異常などの影響をおよぼす。成人の場合にも同じ濃度で出産異常をもたらす。

環境の鉛汚染は世界各地で年々増大し、現代人は食品や飲料水を通じて日常的に鉛を取りこんでいる。その結果、血中濃度は2~5μg/デシリットルに達しているが、これは産業革命以前の人とくらべて100~300倍も多い。また上記の危険なレベル(10μg/デシリットル)との間にわずかな開きしか見いだされない。

「多発性化学物質過敏症」

 「シックハウス症候群」と比べて、より深刻な健康障害である「多発性化学物質過敏症」も、室内大気汚染と関連して、しばしば問題になる。これは、多量の化学物質または微量でも長期間の暴露を受けたことが原因で、つぎの機会にはごくわずかな化学物質との接触によっても集中力低下、うつ状態、記憶困難、疲労感、頭痛、めまい、かゆみなどの症状が現れる病気である。神経毒性の一種ではないかと考えられているが、医師による本格的な治療が必要とされる。

<参考文献>

環境庁『環境ホルモン戦略計画SPEED98・2000年版』(2000年11月)

東京都生活文化局消費生活部『内分泌かく乱化学物質問題に関する文献調査報告書』(1999年11月)

日本生活協同組合連合会学習資料『「環境ホルモン」・ダイオキシンを考える』(1999年7月)

環境省環境管理局総務課ダイオキシン対策室『ダイオキシン類2001』(2001年)

水産庁増殖推進部漁場資源課生態系保全室『魚介類のダイオキシン類の解説』(2002年)

大竹千代子著『生活の中の化学物質』実教出版(1999年10月)

宮田秀明著『ダイオキシン』岩波書店(1999年3月)

畑明郎著『土壌・地下水汚染』有斐閣(2001年)

松井三郎ほか『環境ホルモン最前線』有斐閣(2002年11月)

泉邦彦著『化学汚染』新日本出版社(1999年)

環境情報科学センター『環境汚染と化学物質 PRTR制度をいかすために』(2001年)、『化学物質による環境汚染に不安を感じたときには』(2002年)

浦野紘平編『化学物質のリスクコミュニケーション手法ガイド』ぎょうせい(2001年9月)

レイチェル・カーソン日本協会編『「環境の世紀」へ』かもがわ出版(1998年)