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ブックガイド『地球をめぐる不都合な物質』

 

日本環境化学会編著

 

『地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの

 

 

 

一般の消費者・市民にとって「化学物質による環境汚染」問題は環境問題のなかでもなじみにくい問題のようだ。他方で、この問題について「これを読んだらいいよ」といえる、コンパクトな書籍もなかなか見つからずにいた。今回、本書を店頭で手にして、ただちに一読し、久しぶりにこの問題についてのテキストがみつかったような気がした。

 

「化学物質による環境汚染」の問題というと、レイチェル・カーソンによる『沈黙の春』でとりあげられたDDTなどの農薬問題、50年代から70年前後の「水俣病」などの公害問題、80年代の輸入食品の農薬残留問題と添加物規制緩和問題などを経験してきたが、何といっても90年代後半のダイオキシン、「環境ホルモン」の問題を忘れることができない。多くの消費者・市民が「ごみ焼却場からダイオキシン」などのメディアの報道に不安な日々をすごしたものである。

 

それから20年ほどになるが、いつの間にか問題が終わったような雰囲気がある。

 

しかし、問題は終わったわけではない。本書の用語でいうなら「新たなステージ」に入っているのである。

 

本書は「不都合な物質」について「環境残留性」「生物濃縮性」、そして「毒性」が高い物質であるとし、「ひとたび環境中に放出されると、なかなか分解されず、はるかかなたまで移動し、そこで生態系の上位の生物の体内に濃縮されて、有害な影響を示す可能性がある」と説明している。

 

本書は、国内法では「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」で第一種特定化学物質に指定されるような物質群、国際的にはストックホルム条約の規制対象になっているPOPs(残留性有機汚染物質)などの「不都合な物質」をめぐっていま何が起きているのかについて注意をよびかけている。とくに「従来であれば一部の地域や国にとどまっていた局地的な環境汚染が、人類の経済活動によって世界規模の環境汚染を引き起こしている」ことについて警鐘を鳴らすのである。

 

本書は、第1部でPOPs汚染の広がり、マイクロプラスチック汚染、水銀や重金属の「越境汚染」、PM2.5による汚染など、「不都合な物質」による汚染の実態、第2部でメチル水銀と子どもの発達、免疫かく乱、アレルギー疾患など「不都合な物質」による人体への影響などを解説する。「解毒酵素には種差、個体差がある」との指摘も印象深い。

 

最後に、化学物質による影響をめぐっては、①目に見えない、②環境中に薄く広く拡がり、その影響を捉えにくい、③影響評価が、人々の価値観によって大きく変動する、ということから、問題のとらえ方の違い、リスク評価の違いなどが生じやすいことを把握したうえで、問題の解決のためには、専門家の提供する信頼できるデータを一般人の日常感覚で評価していく、ある種の民主的なプロセスをつくっていくべきだと論じている。「化学物質による環境汚染」をめぐってのリスクコミュニケーションのあり方についての問題提起としても本書から学ぶべきことが多いように思う。

(講談社ブルーバックス 2019年6月刊 1000円+税)