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ブックガイド 井田徹治著『有害化学物質の話』

 

 本書は、新刊ではなく2013年に出版されたもので、手に入りにくいかもしれないが、「環境ホルモン問題」のその後を考える情報として紹介したい。

 

 著者はいう。

 

1997年末から1998年、99年にかけて世間の多大な関心を集め、社会現象とまでなった「環境ホルモン問題だが、日本では急速に関心が衰え、忘れられた感がある。

 

  これを「環境ホルモン騒動」だとか「空騒ぎ」だと呼ぶ人もいるし、「攪乱されたのはホルモンでなく、人心だった」とまで言う人もいる。

 

  だが、米国の内分泌学会や、WHO・UNEPの報告書などの分厚い文書を読んでいると、内分泌攪乱化学物質が生態系や人の健康に与える影響についての懸念が去ったわけではまったくないことが分かるだろう。(P256)

 

 著者の、このような問題意識については、まったく同感である。本書は、このような問題意識

 

のもとに、「子供がおかしい?」「有害化学物質汚染の今」「POPs条約誕生」「化学物質汚の

 

実相」の各章で、DDT、PCBをはじめとする化学物質による環境汚染が世代を越え、地球規

 

模の広がりを持つに至っていることを伝えている。

 

同時に、「多くの不確実性が残ってはいるものの、人間が多種多様な内分泌攪乱化学物質にさら

 

されていることを考えれば、内分泌攪乱化学物質による病気のリスクは大幅に過小評価されている可能性がある」というWHO・UNEPの報告書「化学物質曝露に伴う子供の健康リスク評価に関する原則」(2006)の見解を紹介している。さらに、米国内分泌学会の「科学的ステートメント」(2009)、世界各国の医学者が対策強化を求めた「ベルレモン宣言」(2013)、UNEPの「化学物質の適切な管理に関する行動しなかった時のコスト」(2013)など、化学物質規制を求める科学的知見が積み上げられていることを紹介している。

 

また、実際に化学物質を規制するための取組みとして「国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続きに関するロッテルダム条約」(1998)、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(2001)、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)」(2006)、PRTR制度やREACH制度などの取り組みがひろがっていることも紹介している。

 

日本では「環境ホルモン」について忘れ去られたようになっているが、この間、世界は確実に動きだしているのである。そして、これらの取組みの基礎には「予防原則」の考え方があることを強調している。

 

 著者は、「子供たちにきれいな環境を」のなかで、有害化学物質問題を考えるうえでは「公平性の考え方」が必要だと指摘する。そして、この「公平性」という場合、「地域間の公平性」と「世代間の公平性」の二つの概念があるという。これも同感である。

 

 最後に、著者は「化学物質の大量消費、大量廃棄を前提としたライフスタイルの改革が急務である」とよびかけている。今日のプラスチック問題の解決の指針としたい言葉である。

 

 著者は共同通信の編集委員として現在もグローバルな視野で環境問題を追いかけ、貴重な情報

 

を発信し続けている。環境ジャーナリストとしてあらためて「環境ホルモン」問題のその後をと

 

りあげ論述していただくことを期待したい。

 

(PHPサイエンス・ワールド新書 2013年刊)