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ブックガイド 『リスクの正体』

 

ブックガイド 神里達博『リスクの正体不安の時代を生き抜くために

 

本書は、科学史、科学技術社会論を専攻する著者が、新型コロナウイルスの感染拡大や相次ぐ自然災害など、「不安の時代」において「さまざまなリスクをめぐって考え、悩み、行動するようになった現代社会の諸相を、種々の角度から読み解いていく」ことをめざして出版したエッセー集である。「はしがき」に著者の思いがていねいにまとめられている。

 

著者はいう。

 

「いつの間にか私たちは、さまざまな不安と隣り合わせに生きていくことが、日常になってしまった。少し思い返してみるだけでも、毎年のように繰り返される風水害、恐ろしい地震や噴火、近隣諸国との不協和、さまざまな偽装事件、著しい高齢化の進行、天文学的な財政赤字と将来の年金への不安、奇妙な犯罪や事故の多発、そして感染症の拡大など、枕を高くして眠ることができないような日々が続いている。」

 

「なぜ私たちは、これほどまでに不安な状態が定常化してしまったのだろうか。」

 

「私たちは今、目の前に見えている日常的な世界のみを生きているのではなく、メディアやネットワークを通じて認識できる、遠い世界で起きていることに関する情報や、海の向こうで生産されている、実にさまざまなモノに深く依存して生きているということである。」

 

「そしてもう一つ、急いで付け加えるべきは、ヒトの動きである」として、「世界的に張り巡らされた航空網により、人々のグローバルな移動がかつてないほどに拡大したからこそ、この忌まわしいウイルスはあっという間に世界中に広がった」のである。

 

「全体を通読いただければ、私たちがどうして不安とともに生きていくことになってしまったのか、そして、私たちの日常に深く入り込んだ「リスク」とは一体何なのか、自分なりの答えにたどり着くためのヒントを、きっと見つけることができると信じる。」

 

また、著者はその専攻する立場から、現代社会の不安(リスク)を論じるにあたって、「本書の経糸が「リスク」だとすると、横糸にあたるのが、「専門知としての科学技術」である」というように、「リスクを論じることと、科学技術を論じることは、もはや分離することができない」という。同じように、「政治と科学の境界領域」、「理系と文系の両方にまたがるような問題」を、さまざまなテーマを通して議論するといっている。

 

本書のベースとなっているのは朝日新聞に連載してきたコラムだという。構成としては「感染症のリスク」「自然災害と地球環境のリスク」「新技術とネットワーク社会」「市民生活の『安全安心』」「時代の節目を読む」の五部に分かれている。その中のトピックはそれぞれ独立しているので、気になったところから自由に読んでいけばよいのである。

 

それにしても現代社会の不安(リスク)は実に幅広い。本書を読み進むにつれ、いまさかんにいわれる「withコロナ」ではないが、私たちが不安とともに生きていることを実感し、これらにどのように向き合っていかねばならないのかを考えさせられるのである。

 

この問題に対する「解」は一つではなく、自分なりに見つければよいというのであるが、出来れば、本書の最後に、著者なりの「不安の時代を生き抜くための指針」が示されるとよかったのではないか。

 

(岩波新書 2020年6月刊)