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アスベスト

アスベスト

 

 「アスベスト公害」は「複合型ストック公害」(宮本憲一)といわれる。

 宮本によれば、水俣病や四日市公害は「フロー公害」というべきもので、「生産過程から発生した有害物質が環境を破壊し、さらに人体に被害を与えるもので、有害物質の曝露と被害の発生が比較的短期間であり、有害物質の発生を止めれば被害の増大を防ぐことができる」のに対し、アスベスト公害の場合、「人体、商品や環境に蓄積した有害物質によって、長期間を経て被害が発生する、有害物の生産を止めても、そのストックがあるかぎり被害発生の可能性がある」というのである。(『アスベスト問題』)

これまで「奇跡の鉱物」とさえいわれ、多量に使用されてきたアスベストが、人体、商品や環境に蓄積し、それに起因する健康被害がいつ、どのようにあらわれてくるのか、それをいかに抑えたらよいのか。この問題に関わる情報を、長年、この問題を取材し続けてきた大島秀利の著書『アスベスト』(岩波新書)を手がかりにしてまとめることにする。

 アスベストは「天然の鉱物からできた綿のような繊維の集まりで石綿(せきめん・いしわた)とも呼ばれる・・繊維一本は、綿の繊維よりはるかに細い・・毛髪の数千分の一ほどで、一本では目に見えない」とされ、以下のような特徴をもつという。

 1 引っ張りに対する強度がきわめて大きい(高抗張力)

 2 燃えないで高温に耐える(耐火性、耐熱性)

 3 電気を通しにくい(高い絶縁性)

 4 酸やアルカリに強く、腐らない(耐薬品性、耐腐食性)

 5 表面積が大きく、他の物質と密着しやすい(密着性、親和性)

 6 柔軟で摩擦に耐える(耐摩耗性)

 7 糸や織物にしやすい(紡織性)

 このような特徴を持つことから、アスベストは工業製品、摩擦材、保温材、建築材など幅広く使用されてきた。とくに日清戦争期において軍艦での有用性が認められ、耐火・耐熱材などとして大量に使用され、軍需産業としてアスベスト産業が急拡大した。戦後は石綿含有建材として広く使用されてきたのである。

 鉱物としてのアスベストは、大きく蛇紋石族と角閃石族との二つに分けられるという。

 蛇紋石族に属するアスベストは、白石綿(クリソタイル)で、世界で使用されてきたアスベストの9割以上を占める。その他のアスベストは角閃石族に属し、青石綿(クロシドライト)と茶石綿(アモサイト)が代表的なものである。

 アスベストは、その微細な繊維を吸い込むことにより、それが肺にたまって呼吸困難を引き起こす「塵肺」の一種である「石綿肺」や、肺がんを発症することがわかってきた。とくに「中皮腫」はアスベスト由来のものと考えられている。肺がん発症に関しては、アスベストとタバコの相乗効果も高いとされている。そのほか「びまん性胸膜肥厚」や「胸膜プラーク」などもアスベストが原因と考えられている。いずれも発症までの「潜伏期間」がとても長く、原因特定がむつかしい場合も少なくない。

 このようなアスベストに起因する健康障害が集団的に発生し「アスベスト公害」として社会問題になった事例としては、「クボタショック」とよばれるケースをあげることができる。アスベストを原材料にした水道管を製造していたクボタ旧神崎工場の労働者の被害のみならず、周辺の地域住民のなかに「中皮腫」発症者が確認された事例である。

2005年6月に、クボタという企業名を出してアスベストによる労災被害と工場周辺住民の「中皮腫」発症の事実が新聞で報道され、アスベスト問題が一気に注目されることになった。この事例は、クボタが企業の社会的責任として患者側に謝罪し、訴訟を回避して、補償交渉で合意に達したという意味でも、日本の公害史上できわめてまれなことであった。

大阪・泉南地域のアスベスト紡織産業に従事したことによる健康被害について国家賠償を求めて訴訟を起こしたケースも代表的な事例としてあげられる。

 アスベスト建材を使用し、アスベストの吹き付け工事などに従事してきた建築労働者の健康被害の救済を求める訴訟の事例も注目しなければならない。

 このほか、アスベストが大量に使用されてきた住宅・建物などの解体時にともなう対策なども注意が必要である。学校や保育園の改修工事なども要注意である。

また、大規模災害時におけるガレキ処理などの対策は急務というべきである。この点については、この間の阪神淡路大震災や東日本大震災などの経験から教訓を引き出さなければならないだろう。

大島は「アスベストによる被害は過去のものでなく、現在進行形でこの国に現れていて、このままの状態を放置すると、さらに拡大するおそれがある」と警告している。

ブックガイド

●大島秀利『アスベスト』(岩波新書 2011年7月)

●宮本憲一ほか『アスベスト問題』(岩波ブックレット 2006年1月)

●加藤正文『死の棘・アスベスト』(中央公論新社 2014年6月)

 

●永尾俊彦『国家と石綿』(現代書館 2016年11月)