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ブックガイド 宇佐美誠著『気候崩壊』

書名の「気候崩壊」に注目したい。「地球温暖化」とか、「気候変動」という表現で、この問題をとりあげてきた立場からすると、ここまで過激な表現を使うのかというのがまず驚きであった。このことについては、本書に先行して出版された山本良一『気候危機』(岩波ブックレット)でつぎのような説明がされていたのを思い出した。

「今日の気候および環境が危機的であり、非常事態であるという認識の広がりから、メディアでは用語の変更を決めたところも出始めた。2019年5月、イギリスの『ガーディアン』紙はClimate Change(気候変動)をClimate Emergency(気候非常事態)、Climate Crisis(気候危機)、Climate Breakdown(気候崩壊)へ、Global Warming(地球温暖化)をGlobal Heating(地球過熱化)に変更している。なお、オックスフォード英語辞典は2019年の「今年の言葉」にClimate Emergencyを選んだ。」(p40)

本書でもこれと同じ説明がされているが、それにしても「気候崩壊」か、といわざるをえない気持ちがした。

「はじめに」で本書のねらいが簡潔に示されている。第1のねらいは「気候変動に関する事実をわかりやすく伝えること」、第2のねらいは「気候変動が提起している倫理的な問題に目を向け」「これらの倫理的な問題について、読者がみずから考えてゆくための道具箱となること」、第3のねらいは「事態をこれ以上に悪化させないための新しい動き」である「企業の取り組み、若者の運動、そして自治体や国の宣言」について紹介することとしている。

内容的には、「次世代とともに考える」との副題が示す通り、「気候崩壊とは何か」と「気候正義を考える」という、中学・高校生を対象に行った2つの講義とそれをもとにした対話の記録である。

「気候崩壊とは何か」では気候変動問題の現状、その原因とメカニズムなどをふまえ、気候変動が深刻化し、いまや「小さな変化が突然、大きくてもはや止められない変化になる」という「ティッピング・ポイント」をむかえると説明し、この気候崩壊といかに向き合うかと問題を投げかけている。とくに「科学者の声に耳を傾ける」「他人事とは思わない」「自分たちの責任から目をそらさない」ということが重要だと強調している。

「気候正義を考える」では、著者の専門である法哲学・政治哲学の知見をもとに、「気候正義」論を説明している。「気候正義」は、1990年代から議論されるようになり、最近では、グレタ・トゥンベリさんの「気候のための学校ストライキ」の行動に呼応して始まった若者のアピール行動のスローガンの一つになっている。ブックレットという性格上、著者の「気候正義」論はごく一部しか紹介されていないが、「温室効果ガスの排出権を分配する」根拠はどこにあるのかとか、環境倫理のいう「世代間倫理」につながる「将来世代の権利」の根拠をどのように考えるかといった問題などが投げかけられている。そのうえで、著者は、これからは「若者の時代」だとして、気候崩壊に立ち向かうために「個人の心がけとか日頃の行動とかでは全く不十分であって、社会の仕組みが大きく変わらなければならない」として、これからの若い世代の活躍への期待を表明している。

これらの講義に対して受講した中学・高校生から質問が出され、著者が丁寧に回答している。また、そののち受講者のフィードバックミーティングが行われている。その内容は大変興味深いものであり、気候変動という問題を若い世代に語りかける場合、どのようなことに注意しなければならないかを考えるうえでとても参考になるものである。

 

(岩波ブックレット 2021年6月)