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ブックガイド 明日香壽川著『グリーン・ニューディール』

ブックガイド 明日香壽川著『グリーン・ニューディール』

新書ではあるが、内容的にはコロナ禍と気候変動問題の相似性、環境と経済の関係、新自由主義の下で浮かび上がる各種の社会問題、それらをジャスティスという視点に立ってチェンジしていくための戦略など、実に幅広い論点を見渡している。

本書の基本的な論点は、気候変動問題をコアとしながら、今後の公共的な政策決定の際の指針となる「ガバニング・アジェンダ」(指導的課題)としての「グリーン・ニューディール」の考え方を提示することにある。

前半では、グリーン・ニューディールが生まれた背景となる気候変動の科学と政治に関する様々な議論や出来事を振りかえり、後半では、各国および日本の「グリーン・ニューディール案」を紹介することで具体的なイメージを伝えることを意図している。

「グリーン・ニューディール」という用語は、1929年の世界大恐慌を克服するために当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が行ったニューディール政策に由来しているもので、グリーンとニューディールをくっつけた造語であるが、基本的な柱は、再エネと省エネの導入拡大による景気回復(雇用拡大)と温暖化防止である、という。

その歴史を振り返ると、第1の波は、リーマン・ショックとよばれた「経済と環境のメルトダウンから世界を引き戻す」ために示されたものであったが、この取組みは2009年12月のコペンハーゲンのCOP15の決裂というなかで成果があげられずに終わったという。

これに対し、第2の波は、2018年以降、世界の状況が大きく変わる中で、ジャスティスという視点からとらえるべき問題が広がる中で、気候変動対策をコアにした「ガバニング・アジェンダ」として「グリーン・ニューディール」が強調されてきたとされる。本書では、アメリカ、EU、韓国、中国などの取組み内容が紹介される。大事なことは、この時期には再生可能エネルギーのコストが急減し、「グリーン・ニューディール」が「単なる精神論」から「経済合理的な産業政策」に変わってきたことである。

この時期、日本は残念ながらこの流れに乗り切れなかったのである。東日本大震災の経験と教訓を踏まえ、思い切ったエネルギー革命をすすめるチャンスであったにもかかわらず、原発と安い石炭火力にしがみつき、再生可能エネルギーの本格的開発にすすむことができなかったのである。

折しもアメリカの政権はトランプからバイデンに代わり、日本の政権も菅政権が「2050年カーボンニュートラル」を宣言するに至ったのである。このようななかで、日本の「グリーン・ニューディール」はどうあるべきかという提案が示されるのである。

著者は、「気候変動対策は、基本的に再エネと省エネを導入して化石燃料消費を減らすことしかない。原発はコストが高くて安全ではなく、廃棄物処理の目途もたっていないので、経済合理的な選択肢になり得ない。再エネと省エネ以外の対策(例:水素、メタン、アンモニアなどの燃料化、CO2回収貯留・利用などの革新的技術)を主張している人々の大部分は、化石燃料を使い続けたいと考えており、再エネや省エネが導入されると困るので、それを阻止、あるいは先延ばしするための方便で行っているにすぎない。」と強調している。

著者は、ジュネーブのCOP2以来、気候変動交渉の場に立ち会ってきたこともあり、「京都議定書」や「パリ協定」についての話題提供もリアルである。また、いわゆる「温暖化懐疑論」に関する議論の当事者としての振りかえりや、いま話題の斎藤幸平の『人新世の「資本論」』についてのコメントも興味深いものがある。

多岐にわたる論点を読み切るためには、読者の側の力量が試されるかもしれない。

 

(岩波新書 2021年6月刊)