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気候変動対策とエネルギーシフト

気候変動対策とエネルギーシフト

 

京都循環経済研究所は、2022年の調査研究課題として「気候変動対策とエネルギーシフト」の課題をあげています。

この問題についての基本的な情報整理を行うことにします。

 

1 「気候変動の科学」の到達点を確認する

 

気候変動問題は、現代の環境問題のなかでトップに位置する問題であり、科学の分野でも、政治の分野でも、検討すべきことは多岐にわたります。

何よりもいま、気候変動の影響により集中豪雨など自然災害の多発、熱波、山火事など、人命に関わる重大問題として「まったなし」とされる現実が進行しており、危機打開のための取組みが急がれるのです。

 

まず、この問題についての「科学」の到達点をみることにします。

 気候変動問題についての「科学」といえば、IPCCの報告書に集約されているといってよいでしょう。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、環境と開発に関する世界委員会が報告書(1987)でSustainable Development概念を提唱し、また、気候変動対策が国際的な課題としてうかびあがるなかで設立されました(1988)。IPCCは世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立されたもので、各国政府から推薦された科学者があつまり、気候変動に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、得られた知見を政策決定者をはじめ、広く一般に利用してもらうことを役割としています。

IPCCは、この間、第1次報告書(1990)以来、①気候変動の原因とメカニズム、②気候変動の影響、③気候変動への対策、などの問題について検討を続け、これまで報告書をくりかえし公表してきました。これらの報告書は、気候変動対策について検討を重ねてきた気候変動枠組条約締約国会議(COP)の議論の基礎になる科学的知見となってきたものです。

 

2014年に公表された第5次報告書では、

・人の排出する温室効果ガスが、地球温暖化の主因である可能性が極めて高い

・長期にわたり気候が変化し、社会と生態系に厳しく、取り戻せない悪影響が及ぶ可能性が増す

・21世紀末の平均気温は20世紀末より最大4.8℃高く、海面上昇は20㎝上昇する

・熱波や干ばつ、洪水の頻度が増し、食糧や水の不足、貧困、紛争を招く恐れがある

・現世代が努力しないと、「重荷を背負わされる」のは将来世代だ

などとのべていました。この報告が2015年の「パリ協定」のベースになったということができます。

このあとさらに、気候変動による影響をおさえるために、気温上昇を1.5℃でとめなければならないということに焦点をあてて、「1.5℃特別レポート」(2018)を公表しました。

さらに、2019年8月の「土地関係特別報告書」や2019年9月の「海洋氷雪圏特別報告書」などを発表しています。

 

このような各種の報告書を受けて、この間、第6次報告書が準備されてきましたが、今回、第1作業部会報告が公表されました。こんご、第2作業部会報告(影響・適応・脆弱性)、第3作業部会(気候変動の緩和)が順次公表され、最終的に統合報告書としてまとめられるとのことです。

 

今回の第1作業部会報告は、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」とし、「向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21 世紀中に、地球温暖化は 1.5及び 2を超える」としています。

 

環境省のホームページに掲載された第1作業部会の報告について「概要」を以下、要約紹介します。

 

(気候の現状)

・人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。大 気、海洋、雪氷圏及び生物圏において、広範囲かつ急速な変化が現れている。

・気候システム全般にわたる最近の変化の規模と、気候システムの側面の現在の状態は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったものである。

・人為起源の気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象に既に影響を及ぼしている。

(将来ありうる気候)

・世界平均気温は、本報告書で考慮した全ての排出シナリオにおいて、少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続ける。向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21 世紀中に、地球温暖化は 1.5℃及び 2℃を超える。

・気候システムの多くの変化は、地球温暖化の進行に直接関係して拡大する。この気候システムの変化には、極端な高温、海洋熱波、大雨、いくつかの地域における農業及び生態 学的干ばつの頻度と強度、強い熱帯低気圧の割合、並びに北極域の海氷、積雪及び永久凍土の縮小を含む。

・継続する地球温暖化は、世界全体の水循環を、その変動性、世界的なモンスーンに伴う降水量、降水及び乾燥現象の厳しさを含め、更に強めると予測される。

・過去及び将来の温室効果ガスの排出に起因する多くの変化、特に海洋、氷床及び世界海面水位における変化は、百年から千年の時間スケールで不可逆的である。

(将来の気候変動の抑制)

・自然科学的見地から、人為的な地球温暖化を特定のレベルに制限するには、CO2の累 積排出量を制限し、少なくとも CO2 正味ゼロ排出を達成し、他の温室効果ガスも大幅に削減する必要がある。メタン排出の大幅な、迅速かつ持続的な削減は、エーロゾルによる汚染の 減少に伴う温暖化効果を抑制し、大気質も改善するだろう。       (図表は朝日新聞8月10日より)

 

2 「気候変動の政治」の現状と課題について確認する

 

IPCCに示される「気候変動の科学」の成果をふまえ、「気候変動の政治」の現状と課題を考えるとき、COP(気候変動枠組み条約締約国会議)を軸にした国際交渉の動向を把握することが必要です。

気候変動枠組み条約に関するCOPは、1995年にCOP1を持って以来、COP3(地球温暖化防止京都会議)での「京都議定書」の採択(1997)、COP21での「パリ協定」採択(2015)など、国際交渉を積み上げてきました。

 

このほどイギリス・グラスゴーで開催されたCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)は、11月13日、会議の成果をまとめた「グラスゴー気候合意」を採択しました。

メディアが伝えたCOP26の主な成果は以下のとおりです。

 

(産業革命前からの気温上昇)1.5℃が事実上の世界目標に。

(削減目標の見直し)来年までに1.5℃目標に沿った内容に更新。5年に1度から毎年の更新を呼びかける。

(石炭火力)排出削減策のない石炭火力を段階的に削減。

(化石燃料への補助金)非効率な補助金を段階的に廃止。

(温暖化に備えるための途上国支援)2025年までに倍増。

(パリ協定の詳細ルール)国際間の削減量取引取り決め。

(各国による削減目標の見直し)150ケ国が更新。今世紀半ばごろまでの実質排出ゼロも140ケ国以上に。

(有志国などによる連合)メタン削減やゼロエミッション自動車、脱石炭火力、森林保護などで多数の国が取り組みを約束。        (朝日新聞11月16日記事)

 

2015年に採択された「パリ協定」では「気温の上昇を2℃より低く、できれば1.5℃に抑える」ことを目標にしていました。しかし、その後の気候危機の進行という現実のもと、COP26は「1.5℃を世界共通の目標」にすることに合意したのです。

また、石炭火力発電の削減や化石燃料への補助金の廃止などの具体策についても、さまざまな議論をふまえながら、合意文書に盛り込まれました。「パリ協定」採択以来の懸案事項であった温室効果ガスの排出量の国家間取引のルールについても取り決められました。

 

このようにCOP26は重要な成果を上げ、未来への希望を示すことができたといえます。

しかし、「合意」文書の採択に至るまでの経過が示すように、各国間の取組み姿勢には「温度差」があり、目標達成に至る道すじが見えたとはいえません。COP26を前に多くの国が「2050年カーボンニュートラル」にむけて「2030年削減目標」をひきあげたというものの、それではとても目標達成ができないのが厳しい現実だといいます。気候危機打開のためには、新たな成果目標となった「1.5℃」に向かってさらに野心的な政策シナリオ作りとその具体化が求められるのです。

 

このようなCOP26の示した方向との関係で、日本の気候変動対策があらためて問われているのです。

日本の気候変動対策は、昨年、遅ればせながら「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、「2030年削減目標」も46%にひきあげたものの、他方では「第6次エネルギー基本計画」にあるように、石炭火力依存、原発推進の姿勢は変えていません。

岸田首相がCOP26で行った演説をみても目新しいことはなく、「2050年カーボンニュートラル」「2030年の削減目標46%(2013年比)」など、菅内閣の目標を引き継いだ以上のことは示しませんでした。

結局、岸田首相の演説については資金援助の点を除きほとんど評価されず、むしろNGOなどからは批判の声があがったと伝えられています。

 

気候変動問題でNGOとして活動する気候ネットワークは、COP26閉幕にあたってコメントを発表していますが、ここで次のように指摘しています。

 

「今会合での日本は、気候資金の新たな積み増しを除き、その貢献はほとんど見えなかった。岸田首相は1.5℃目標や脱石炭・脱化石に言及せず、アジア諸国への支援として火力発電の水素・アンモニア混焼を強調し、「本日の化石賞」を受賞するなど、国際的な批判にさらされた。今回、決定の中で「排出削減対策がとられていない(unabated)」石炭火力発電の削減に言及したことは、このプロセスでは初めてであり、特に日本にとって重要である。ここで言う排出削減対策とは、国際的にはCCSを意味するのであって、水素・アンモニア混焼なども含むとするのは、1.5℃目標と整合しない、日本政府独自の解釈である。エネルギー基本計画では2030年の電源構成で石炭火力は19%も残され、水素・アンモニア混焼も盛り込まれている。その実際の排出削減効果はわずかで、技術的実現可能性や経済的合理性もない。1.5℃の限界に近づいている残りのカーボン・バジェットを石炭火力発電で浪費する余地はない。すべてのセクターでいかに早くスマートな脱炭素経済社会を築くか、その競争は既に始まっている。日本政府は、再エネ100%への公正な移行をめざして、ただちに石炭火力維持政策を見直し、グラスゴーが呼びかける1.5℃目標のため、2030年目標の引き上げと対策強化の検討を急がねばならない。」

 

 このコメントが指摘するように、日本の気候変動対策は決して評価できるものではありません。

「世界の気候変動対策をリードする日本」といわれるためには、思い切った政策転換が求められるといわねばなりません。とりわけ、石炭火力発電からの撤退は不可欠です。また、気候変動対策の名のもとに原発を推進するということもみとめられるものではないでしょう。

 

COP27は、2022年秋、エジプトで開催されると伝えられています。各国がCOP26の合意をうけて、どのように削減目標の積み上げを行うのか注目されていますが、日本の取組についてもどこまですすむのか、注目されています。

 

3 気候変動対策と連動するエネルギーシフトの課題について

 

 気候変動対策はエネルギー政策と連動しています。すなわち、化石燃料に由来するエネルギーを減らし、いかに温室効果ガスを排出しないエネルギーにシフトしていくかが問われることになります。

 

日本においても菅政権のもとで「2050年カーボンニュートラル」が政策目標になりました。菅総理は、2020年10月26日、所信表明演説でつぎのように「2050年カーボンニュートラル」宣言を行いました。

 

菅政権では、成長戦略の柱に経済と環境の好循環を掲げて、グリーン社会の実現に最大限注力してまいります。

我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。

もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。

鍵となるのは、次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションです。実用化を見据えた研究開発を加速度的に促進します。規制改革などの政策を総動員し、グリーン投資の更なる普及を進めるとともに、脱炭素社会の実現に向けて、国と地方で検討を行う新たな場を創設するなど、総力を挙げて取り組みます。環境関連分野のデジタル化により、効率的、効果的にグリーン化を進めていきます。世界のグリーン産業を牽引し、経済と環境の好循環を作り出してまいります。

省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換します。

 

この「2050年カーボンニュートラル」の政策目標を実現するためには、さまざまな施策を総合的にすすめなければなりませんが、エネルギーシフト、つまり、温室効果ガスを排出するエネルギーから温室効果ガスを排出しないエネルギーに切り替えていくことが重点課題として求められることになります。

 

このほどCOP26を前に「第6次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。

この「基本計画」をめぐっては、その策定段階から石炭火力依存、原発維持ということを中心に批判的な意見が多かったのですが、結果的にまとめられた「電源構成目標」では、再生可能エネルギーの「主力電源化」の方向が示されていますが、どのように普及拡大を図るのか、課題を整理することが必要です。目標としても「36~38%」というレベルです。

再生可能エネルギーの増加をうけて、火力の目標は「41%」になっています。

原発については「20~22%」で現状維持となりました。

他方で、省エネを推進し、エネルギーの総需要量の見直し・削減を行うことも重要な課題です。

 

これらの内容は、今回のCOP26の「グラスゴー気候合意」のめざすものからみて十分なものとはいえません。

日本が気候変動を防ぐためにより「野心的」な目標を掲げ、リーダーシップを発揮していこうとすれば、「脱石炭」の方向を明確にすることがもとめられているといわねばなりません。

 

もう一つが原発の取り扱いです。

日本の原発は、福島原発事故のあと、全面的に運転がストップしました。そのことが石炭火力の新増設の動きを引き起こしたともいえます。

しかし、そのまま「脱原発」にむかうのではなく、原発は将来に向けても重要な電源としての位置付けは変わらないものとし、条件のある原発については再稼働してきました。

今回の「2050年カーボンニュートラル」に関連するグリーン成長戦略のなかでも「原子力産業」が位置づけられています。

電力事業者の広報では「原発は発電時にCO2をださないクリーンな電源」との宣伝もされるようになっています。

 

しかし、この間、原発については、

・平常運転時にも思いがけないことから「とりかえしのつかない巨大事故」が起きるリスクがある

・自然災害の多い日本では原発が事故を引き起こすリスクが大きすぎる、

・福島原発の事例からみても事故補償費用や事故収束・廃炉費用は巨額なものになる、

・使用済み核燃料の処理の見通しがつかない、

・原発は安全対策、バックエンド費用の増大により、コストが上昇し続ける

・原発がなくても電気は足りてる、

・避難計画がもてない原発は運転してはいけない、

など、問題点が明らかになっている。

このような原発を、これから10年後、20年後まで日本のエネルギーの担い手として考えることはできないといわねばなりません。

このようななかで「脱原発」の決断をすることによってこそ、これからは「省エネ・効率改善の徹底」を前提にしながら「再生可能エネルギーの主力電源化」を目標にするというエネルギーシフトの道が明確になってくる、といえるのではないでしょうか。