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ブックガイド 吉川肇子著『リスクを考える』

ブックガイド 吉川肇子著『リスクを考える』

「現代社会はリスク社会である」といわれるように、私たちの身の回りにはリスクがあふれている。病気のリスク、交通事故のリスク、食品のリスク、日常の生活用品のリスク、環境のリスク、金融のリスク・・・。私たちは、これらのリスクとどのようにつきあっていたらよいのだろうか。

著者は、現代社会のリスクについて、とくにリスク・コミュニケーションの視点から、心理学の研究成果をもとに『リスクとつきあう』(有斐閣選書)などを通じて「リスク分析」と集約されるリスクをめぐる問題について発言を続けてきた。本書はその到達点をしめすものである。

本書では「リスク」を「望ましくないことが起こる可能性」として取り扱われ、通常、「ハザードとそれが起こる確率との積で表される」という。また、著者がその重要性を説くリスク・コミュニケーションについては、つぎのように定義される。

「リスク・コミュニケーションは、個人、集団、機関における情報や意見の交換の相互作用的過程である。それは、リスクの性質に関する多様なメッセージと、厳密にはリスクにかんしてのものではなくても、リスク・メッセージやリスク・マネジメントに対する法的および制度的な取り決めに対する関心、意見、反応を表すメッセージとを含む。」(米国研究協議会、1989)

著者は、この定義をめぐって多様に解釈されていることを指摘しながら、「リスク・コミュニケーションは、民主的な社会において、リスクをどのように社会で管理していくかについて、情報を交換しつつ、意思決定していくものである。これをあえて日本語にするのなら、筆者は「リスクについての議論」と呼びたい」としている。

著者は、「まえがき」で本書の流れを簡潔に紹介している。私たちは、これを手掛かりに本書を読み進んだらよい。

第1章は、リスクとは何か、私たちがなぜそれに注目するようになったのかを簡単に解説する。

第2章では、リスクに関するコミュニケーションの問題について述べるのだが、その歴史や定義、類似の用語についても説明していく。

第3章では、私たち自身がリスクをどうとらえているのか、そのことが私たちの行動にどのように表れてくるのかといった問題について論じていく。

第4章では、心理学やその関連分野で研究されてきたコミュニケーションについての研究成果を解説している。

第5章ではリスクをどのように管理するのか、企業や行政の例をひきながら、事例を中心に検討している。

第6章では、より安全な社会にするために、私たちみんなで議論することがどれほど重要なのかを論じている。

第7章では、リスクをめぐる新しい動向を紹介しつつ、リスク・コミュニケーションが社会をかえていく道具になりうることをしめしていく。

 私たちは、本書を読み、個人的な選択に関する問題においても、「社会的論争」とされる問題についても、リスク情報をうのみにしないで「疑ってかかる」、反対の情報はないか、別の証拠はないか、さまざまな視点から考えることの重要性を学ぶことができる。そして、社会全体でリスクを削減するために、著者の「情報共有は前提である。情報交換は手段の一つである。さらに一歩進んで、私たち誰もが積極的にその意思決定に参加したいものである」との問題提起を受け止めていきたい。                      

 

(ちくま新書 2022年6月刊)