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ブックガイド 添田孝史著『東電原発事故』

ブックガイド 添田孝史著『東電原発事故10年で明らかになったこと

本書は、東電原発事故から10年という時点で出版されたもので、著者は原発と地震について取材を続けてきた科学ジャーナリスト。

著者の思いは「はじめに」の部分に次のようにまとめられている。

東電原発事故は「事故というより、東電という一企業が放射性物質をばらまいた公害「事件」なのだろう。放射性物質を少しでも回収するための、汚染土の回収と中間貯蔵施設の費用だけで、これまでに約5兆円かかった。その費用に加え、事故を起こした原子炉の後始末、賠償などで21・5兆円かかると国は予測している。・・再処分の経費などで被害額はまだ増えるとみられている。そして最大時16万人以上の人が避難し、今も多くの人が元の生活に戻れない。」

「事件の被害者や現場の状況、事件後の対応ぶりを伝える報道は比較的多いが、この史上最大規模の公害事件が起きる「前」に、国や東電が何をしてきたのか、あるいは何をしなかったのか、事件の背景や原因にせまったものは少ない。本書の眼目はそこをカバーすることにある。」

今回、本書をあらためて手にしようと思ったのは、東電株主代表訴訟判決によって、この問題についての責任の所在やその規模が明確に示されたことの意義をつかむためであった。

東電原発事故をめぐってはさまざまな訴訟を通じて問題が明らかにされてきた。

2002年8月に示された政府の地震調査研究推進本部の「長期評価(東北地方でマグニチュード8クラスの巨大地震が近いうちに高い確率で発生するとの警告)」を受けて必要な対策をとるかどうかが問われたとき、東京電力は、技術的な検討のなかで指摘されていた「地震にともなう津波のリスク」に向き合うことなく、対策を先送りしてしまった。

もしも必要な対策をとっておれば、最悪の事態を回避できたのではないかと考えられるが、対策はとられず、結果として巨大地震が発生し、「原発さえなければ」といわれるような「原発災害」が起きてしまったのである。その被害の様子は本書第1章「福島第一原発で何が起きたのか」でも伝えられている。

このような事態を招いたことについて、当然ながら、必要な対策をとらなかった東京電力旧経営陣の責任、必要な指導を行うことがなかった国の責任について、東電原発事故をめぐる訴訟のなかで、被害者の被害救済・賠償請求との関係で具体的に問われてきたのである。

本書の第2章「事故はなぜ防げなかったのか」では、この点について年次的に論点を整理しながら事実経過が述べられる。

また、第3章「事故の検証と賠償は進んだか」では、これまで、司法の判断がいくつもの判決として示されてきたが、「長期評価」が示す地震と津波のリスクの評価の信頼性や、東京電力、国の責任などをめぐって判断がわかれてきたことが述べられる。

本書を読みなおし、問題の概要をつかんだうえで、今回の東電株主代表訴訟判決を読むと、今回の判決の意義がよく伝わってくるように思う。

今回の判決は、原発を設置、運転する会社(取締役)の「善管注意義務」、津波の予見可能性をふまえ、必要な対策をとらなかった旧経営陣の安全意識や責任感の欠如を指摘し、取締役としての任務懈怠が事故につながったとして、旧経営陣は、会社に与えた損害を賠償せよと明確な判断を示したものである。

この判断は今後の東電原発事故訴訟に影響を及ぼすだろう。とりわけ、旧経営陣に対しては、刑事責任を問う訴訟の二審の判決が予定されている。一審は、本書第3章で解説されているように「全員無罪」であった。二審判決では、今回の司法判断が十分に活かされることを希望したい。

 

(平凡社新書 2021年2月)