ブックガイド 阮蔚著『世界食料危機』
ロシアのウクライナへの侵攻は資源・エネルギー問題とともに食料問題にも大きな影響を及ぼした。本書は、その実態をリアルに解説しながら、日本の食料安全保障のあるべき姿について論じたもので、今まで気がつかなかったことをいろいろ教えてくれるものであった。
本書の構成は、次の通り。
プロローグ
第1章 侵略された「世界のパンかご」 悲劇の種は世界へ蒔かれた
第2章 食肉の消費拡大が飢餓を生む 初食穀物を圧迫する畜産の飼料
第3章 地球温暖化がもたらすもう一つの危機 農業は加害者であり被害者
第4章 食料か、燃料か バイオ燃料が生み出した新たな農産物争奪戦
第5章 飢餓を招く大国の論理 アフリカ農業を壊した米欧の穀物戦略
第6章 化学肥料の争奪 膨大な人口を支える工業化された農業
第7章 日本の食料安全保障 世界との調和
著者は、本書の執筆の動機についてソマリアやケニアの食料危機をとらえ「地球温暖化が要因と思われる深刻な干ばつ、内線、政治混乱、そこにウクライナ侵攻をきっかけとした穀物価格の高騰と供給難が加わった“複合飢饉”とも呼ぶべき悲劇である」ということをあげている。
著者の問題意識は「プロローグ」にまとめて述べられる。「ウクライナ侵攻においてロシアは、攻撃対象を都市やインフラから農業地帯にまで広げ、穀物輸出の妨害によって食料を武器にする行為に及んだ。ウクライナ侵攻は農業、食料という新しいフィールドまで攻撃を拡大した「新しい戦争」の幕開けでもあり、ソマリアなど世界で最も脆弱な基盤の上で暮らす人々をさらなる危機に落とし荒れたのである」と指摘しながら、「食料危機の時代」が近づいているというのである。
著者は、深刻な問題として三つの点をあげている。
「第1に、穀物輸出大国のロシアが、ウクライナ侵攻をきっかけにグローバルなメイン・サプライヤーの地位を失い、ローカルなバイ・サプライヤーに転落する可能性があることだ。ウクライナも世界からの支援を得られるにせよ、農業復興や穀物輸出の回復には時間がかかるだろう。」
「第2に、・・ウクライナ侵攻後、今までほとんど認識されていなかった化学肥料の調達がクローズアップされた。三大化学肥料の窒素、リン酸、カリウムは、いずれもロシアおよび同盟国のベラルーシが大きな生産を担っており、特にカリウムは両国のシエアが高い。」
「第3に、地球温暖化の加速だ。ウクライナで戦果が続く傍ら、2022年の夏はスペイン、フランス、ドイツなど欧州では記録的な猛暑、少雨となり、山火事の多発と河川の水位低下が起きた。米国、オーストラリア、中国の農業地帯も恒常的な干ばつに襲われている。・・・温暖化が進めば、干ばつや高温による収穫の減少などで確実に食料の供給は減るだろう。」
著者は「ロシアのウクライナ侵攻は、農業、食料について様々なリスクを浮かび上がらせた。それに気づき、世界が足並みをそろえて行動をとれるかが、人類が飢餓かを回避できるか否かの分かれ目となるのではないか」と問いかけている。
このようななかで、日本の食料安全保障のあり方が議論の対象になるのだが、著者は、「極端に低い飼料原料の自給率」をとりあげ、「トウモロコシ、大豆、小麦の国内増産は可能」であり、そのための挑戦が望まれるとしている。また、「穀物の安定的な輸入を確保するために米国やブラジルなどで農産物の集荷・輸送システムへの投資、農産物の国際取引への積極的な参加など」を継続し、「地球規模の課題解決に貢献する農業技術の輸出を振興することが、自らの食料安全保障をより確固としたものにするだろう」と論じている。
(日経プレミアシリーズ 2022年9月刊)