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ブックガイド ジャレド・ダイアモンド著『危機と人類』

ブックガイド ジャレド・ダイアモンド著『危機と人類』

著者には『銃・病原菌・鉄』、『文明崩壊』などいくつもの大著がある。本書も(上)(下)にまたがる大著である。第1部ではフィンランドの対ソ戦争をはじめ、7つの近代国家において直面した国家的危機と実行された選択的変化について比較論的に論じられる。第2部では日本、アメリカ、そして世界の、現在進行中の危機について論じられる。

論点があまりにも多く、個々の事例についてのべることはできないので、第1部の事例検討のベースにおかれた12の「国家的危機の帰結にかかわる要因」を紹介しておく。これらは「個人的危機の帰結にかかわる要因」との対比で提示されたものであるが、それぞれの意味するところが何かについては第1章で読み取っていただきたい。下記の(  )内は個人的危機の帰結にかかわる要因として提示されたものである。

1 自国が危機にあるという世論の合意(危機に陥ってると認めること)

2 行動を起こすことへの国家としての責任の受容(行動を起こすのは自分であるという責任の受容)

3 囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること(囲いをつくり、解決が必要な個人的問題を明確にすること)

4 他の国々からの物質的支援と経済的支援(他の人々やグループからの、物心両面での支援)

5 他の国々を問題解決の手本にすること(他の人々を問題解決の点にすること)

6 ナショナル・アイデンティティ(自我の強さ)

7 公正な自国評価(公正な自己評価)

8 国家的危機を経験した歴史(過去の危機体験)

9 国家的失敗への対処(忍耐力)

10 状況に応じた国としての柔軟性(性格の柔軟性)

11 国家の基本的価値観(個人の基本的価値観)

12 地政学的制約がないこと(個人的な制約がないこと)

第1部の事例検討のなかで、ペリーの来航を機に日本の鎖国政策が終わりを告げ、日本が富裕な先進工業国に変貌していった事例が検討されていることに注目したい。

第2部においては、「現在進行中の危機」がとりあげられるのだが、ここで日本が直面している危機について論じられる。著者は、「今日の日本は、数多くの根本的問題に直面している。そのうちのいくつかは日本の国民も政府もよく認識している問題だが、それ以外にもあまり認識されていない、あるいは多くの日本人が存在を否定している問題がある」として、第8章で「日本を待ち受けるもの」について私たちに問いかけるのである。具体的には、広く認識されている問題として巨額の国債発行残高、女性の役割、少子化、人口減少、高齢化があげられる。他方で、問題として認識されてていない問題として、移民の不在、中国・韓国との関係、自然資源管理という問題が指摘される。これらはあらためて突っ込んで考えたい論点である。

第11章の「世界を待ち受けるもの」では、「世界全体に害を及ぼし得る可能性がある問題」として、核兵器の使用、世界的な気候変動、世界的な資源枯渇、世界的な生活水準における格差の拡大などの問題が指摘されている。

著者は最後に国家的危機の比較研究の次のステップに関わり、「より多くの、そしてよりランダムなサンプルをつかうこと、結果や仮定の予測要因を、言語化された概念から操作可能な変数に換えることでより厳密な分析をおこなうこと」という二つの方法を提案している。

 

本書は、日常、特定のテーマに焦点をあてて考えることが多い私たちに、思い切り視野を広げて考えることの重要さを教えてくれるようだ。(日本経済新聞出版社 2019年10月)